にょろ子ログ

神社に伝わる伝承、伝説、民間信仰、祭りが好物な蛇🐍

「ニワトリを飼わない里」我が家は「トウモロコシを植えない家」ニョロ🐍

はい、にょろ子です🐍🎀

今回は、鹿島神宮の御祭神、御雷の神(武甕槌命が登場する「禁忌、タブー」のお話しです。

 

 タブー (taboo) とは

もともとは未開社会や古代の社会で観察された、何をしてはならない、何をすべきであるという決まり事で、個人や共同体における行動のありようを規制する広義の文化的規範である。

Wikipediaより―

 

茨城県阿見町石川

鹿島神社

むかし、石川地方に乱暴な神様がおりました。

日頃はおとなしいが、作物を奪ったり、田畑を荒らしたり、木はなぎ倒し、家を投げ飛ばすという具合で見境なく荒らし回ってどこかへ去っていく。

それを聞いた武御雷の神が「わしが退治して、百姓達を救ってやろう!」

とやってきたが、乱暴な神は恐ろしく力があるので、油断しているところを取り押さえようと、里へ入り物陰にかくれてじっと呼吸をころして、その神様が通りかかるのをまっていた。

ところが、日頃見たことがない御雷の神が潜んでいることに驚いた鶏たちが

「コケコッコー!!コッコッコッコ~!!」

と一斉に騒ぎ立て、待ち伏せしていることがわかってしまい、乱暴なかみさまは

「ゴーー!!」とものすごい声を発しながら武御雷の神に打ちかかってきた。

さあ、それからは大変、二神はこの地方を主戦場にしてかけめぐり、大地をゆさぶり踏み鳴らし、大木や岩石を飛ばしてのすさまじい戦いになり、武甕槌の神もさんざんな苦戦をしなければなりませんでした。

それからは、この地区では鶏を飼わない、武御雷を祀った鹿島神社にも鳥居を造りませんでした。にわとりの「とり」につうじるからです。

たまにそれを忘れてにわとりを飼う人がいると、不幸なことが起こると言い伝えられている。ー阿見町の昔話よりー
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ちいさな神社です、伝承どおり鳥居はありませんでした。
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位置的にはこんな感じ、人柱伝説、弁財天の祠の近くにも流れていた「清明川」が霞ヶ浦に注いでいます。
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flood mapsで古代の海域を見てみます。

125号線あたりまで霞ヶ浦の水域があるのが分かる、清明川は入り江となって

舟でこの里に上陸するにはいい感じに見えます。
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この石川地区にはもうひとつお話が伝わつている。

昔、美浦村の布佐(ふさ)地区と争いをして負けた時、勝った布佐地区の方から勝ちほこったかのように、一番鶏が鳴いた。

 負けた石川地区の人たちは、くやしくてくやしくてたまりませんでした。

その後、布佐地区とは縁組をしませんでした。また、神社のお祭りをする当番の家では、一年間鶏の肉を食べませんでした。

食べると火事悪病の不幸になると言われていたからです。

 

「ニワタリ、ミワタリ」などの地名や神社には、荷渡,庭足、三渡、鬼渡などの表記があるそうですが、二渡(ニワタリ)神社などでも鶏を飼わない、治癒祈願で鶏の絵を奉納するなどしたそうです。

↓以前参拝させていただいた常陸大宮市「鬼渡神社」さんですが、こちらは「キド」と読むようでした。

鶏の禁忌などは、今のところ見つけられない、情報ありましたら教えてください。

 

にょろ子はこう思うニョロ🐍🎀

あと二社、武甕槌命に関する伝承が伝わっている神社を参拝してますが、そちらでも最強の武神、というイメージからはちょっと違った感じで(また後日ブログ書きます)

ただ、天津甕星 香香背男様との戦いでも、かなり苦戦して、結局は建葉槌命を向かわせ退治という事になったので、苦戦するという事は同じニョロ🐍

 

ちなみに我が家でも禁忌がありまして、

「トウモロコシ🌽を植えてはイケナイ」と代々伝えられております。

親戚の家では女の子が生まれても「お雛様は飾ってはイケナイ」です。

それをした年に昔、なにか不幸があったのでしょうか。

 

もう少し、武甕槌命の足跡聖地巡礼にお付き合いくださいませニョロ🐍🎀